こんにちは、たかっぽです!
今回はちょっと不思議と言うか奇蹟としか考えられないそんな話をします。
ボクは「き・せ・き」には二通りあるのではないか・・・と思っています。
一つは偶然と偶然が重なりあって起きる奇跡です。シンクロニシティ(意味のある偶然の一致)今までの努力や 人と人との縁、または時間やタイミング、ひらめき、などが都合よく不思議なかたちで重なり合って起きる「奇跡」です。(この場合はこの文字をつかいます)
もう一つは その人の真剣な「祈り」によって数日の内に、早ければ一日または一夜にして起きる「奇蹟」です。
これは人知を超えた 何者かは分からないが 大きな力が働いておきる「奇蹟」です。
「人生の暗号」「生命の暗号」の著者,遺伝子学第一人者 筑波大学名誉教授 村上和雄先生の言われる「サムシング・グレート(偉大なる 何者か)」です。
もっと分かりやすく言えば「神のはたらき」によっておきる「奇蹟」です。(この場合はこの文字をつかいます)
「奇跡」と「奇蹟」・・・どちらも「き・せ・き」には違いないですが 今回の話は「祈り」によって 長い間苦しんでいた病が 一夜にして完治した「奇蹟」の話をします。
「奇蹟」と言うと「テレビ」や「本」または「人」に聞かされたなどがほとんどです。「へ~そんな事もあるんだ・・・すごいな・・・信じられないな~」・・・と。
でも そんな事はめったに起きるものではない。ましてや自分に起きるはずなどありえない、そう思っていました。
普通の人なら誰でもそう思いますよね。
しかし、それが現実に必死の「祈り」によってボクの三歳の「むすこ」に信じられない、かんがえられない、【奇蹟】がおきたのです。
医師に「むすこ」が小児喘息と告げられる
ボクが三十八歳のときに 「むすこ」が生まれました。上に二歳ほどはなれた「むすめ」がいる。
「むすこ」は生まれた時から ときどき咳をしていた。それほどひどい咳ではなかったので、その頃はあまり気にも留めていなかった。
ボクは和食の店を経営していたので、「むすこ」が二歳近くになった時 「むすめ」が通っている保育園に一緒に預けることにした。
「むすこ」が三歳になったころ・・・。かぜを引くと咳が止まらなくなり、とくに 夜になるとひどくなる。咳だけでなく「ゼェ~ゼェ~」と呼吸するたび のどが鳴る。毎回 毎回 それがつづいた。
「これはちょっと変だ!」と 妻が近くの小児科へ連れてい行ったのです。そして、いろいろ調べてもらった結果 医師から告げられた病気が小児喘息だったのです。
大人になると 治る人もいる・・・そう言われたらしいが、風邪を引くたび ひどくなるばかりで治まる様子がまるでない。
その都度 小児科へ連れて行き治療してもらいクスリも飲ませていましたが一時的には治まるけれど 夜になるとふたたび咳と「ゼェ~ゼェ~」が強くなる。
(喘息とは 患者さんの気道に慢性の炎症がおき、風邪などひいた時は発作が激しくなるらしい)
ふしぎなもので 昼間はそれほどでもないのに 夜、寝る頃になるとだんだん激しくなる。
苦しんでいるこどもを見るのは親として辛いものだ。
クスリをのませても ほんとうに気休めにしか 感じなかった・・・。
ボクの店は仮店舗だったので アパートから通っていました。店から少し遠いので、まだ小さいこども二人を置いていく分けにもいかずお店の中に小さなこども部屋をつくり 仕事が終わるまでそこで待たせていました。
ただ お店の中は お客さんが いっぱいの時そこで吸われるタバコの煙や鼻をつく臭いが カーテンを閉めていてもこどもたちの所へどうしても流れていく。
環境としては最悪だ。
仕事をしていても「むすこ」の咳が聞こえてくる。それがとても気になる。なんとかしなければ・・・こんな事をいつまでも続けていてはダメだ・・・。
そんな時 頭に浮かんだのが【親里・ぢば(お.ぢ.ば)ともいいます】だったのです。
「よし!一度 【お.ぢ.ば】に帰ってみよう。そして、親神様にお願いしてみよう!」
ボクはそう決心しました。(”お.ぢ.ば”に行くことを我々はかえると言います。故里へかえるという意味です)
「親里・ぢば」へ帰る
ボクは三十三歳の時 知人のすすめで 奈良にあるわれわれの故里と言われている【親里・ぢば】で修養生活を三カ月ほど経験しています。
そこでいままで知らなかった人生に於ける さまざまな教えをたくさん学びました。いま 自分の人生をふり返ってみても
あの三カ月は ボクにとって最大の ターニングポイントだったと言えるでしょう。
住んでるところが九州なので 【お.ぢ.ば】へ帰る時が少なかった・・・がなつかしさもあり そして、「むすこ」のことを思うとじっとしていられませんでした。
だから一緒に【お.ぢ.ば】へ帰ろう!そして「われわれの親である神にすがってみよう」
そう 決断したのです。
近くに ボクの姉がいました。姉も一度いって見たいと言ったので一緒に連れて行くことにしました。
ひさしぶりに帰る【お.ぢ.ば】修養科生活がおもいだされてくる・・・。
妻とこども二人、そして姉、五人で神殿に入った・・・。
「ひろい!やっぱり広い!」「なつかしい匂いもする」おもわず涙がでてくる。
神殿の中央にある 甘露台のまえに額(ぬか)ずき家族みんなで ひさしぶりに帰れた喜びを伝えました。そして 正直に【親神さま】に向かい 今の自分の思いを言葉にしました。
(これはその時ボクが親神さまに祈った言葉をそのままに書きます)
「私のむすこが 今 喘息で苦しんでいます。そどもの姿は親の こころの姿と教えられました。
むすこが喘息という事は 自分に何某(なにがし)か 心え違いがあるものと思います。
過去を振り返ってみましたが、いまの自分に思い当たる事がみつかりません。でも やはり原因は 自分にあると思っています。
ですから 今一度 しっかり自分をみつめ直し 心を修め通らせていただきますので どうかむすこを助けてください。お願いします・・・」
たどたどしい言葉ではありましたが、なりふり構わず神に祈りました。そして、修養科三カ月終了したときに いただいた「おさずけの理」を「むすこ」に取りついだ。
「お・さ・づ・け」とは「たすかって貰いたいとの 切なる願いに もとづいて行う」一つの(おはらい)です。
自壊作用(じかいさよう)
十月の【お.ぢ.ば】その時間がゆっくりと流れて行く。ほんとうに心が癒される。
いつまでもここに留まっていたい気持ちになってくる。
四時間くらい いたでしょうか・・・日帰りで帰る予定だったので飛行機の時間にあわせ【お.ぢ.ば】を後にすることにした。
かえる時に門のところで「また帰ってきます」と 頭をさげ境内をでた・・・と、そのとき なんという事だろう。境内をでたとたん 「むすこ」にはげしい喘息の発作が始まったのだ。
それまで何ともない状態だったのに いきなりの発作だ。それも今までにない強い発作です。
ボクが「むすこ」を抱っこして駅に向かう時も どうしたらいいか 心配でなりませんでした。
姉が「こんなに苦しんでいるのだから 早く薬局でクスリを買って飲ませないと大変だ!どうにかなっちゃうよ~!」と ボクにせがんだ。
でも さきほど神様に祈ってきたばかりだ、「むすこの病気を良くしてください」とおねがいして来たばかりだ、だからここでクスリに頼る事はどうしてもできない。
また 自分が神に試されているようにも思えた。
もしもの事があっても、その時は・・・と、覚悟さえ決めていました。
なんとか帰りの飛行機に乗る事ができましたが 変わらず咳と「ゼェ~ゼェ~」が
つづいている。
そんな時に限って 機内でタバコを吸う人がすぐ横にいた。
鼻をつくような臭いが流れてくる。「むすこ」の咳がはげしくなる。姉が聞こえよがしに『ひとの気持ちが 分からんのかね~!』と怒っている。
あのころは 機内でもタバコを吸うことがゆるされていた そんな時代だったのです。
ボクはなるべく 煙をさけるように「むすこ」を抱いて窓側にすわっていた。
あと 一時間 それまでのしんぼうだ。だからじっと耐えた。
最終便だったので 帰り着いたときは 夜の九時をすぎていました。
とにかく妻がはやく寝かせようとしたが、「グズ」ってなかなか寝ない。
ようやく寝息をたて始めたころには十二時をすぎていました。
ボクも妻も どっと疲れがでて そのまま床についた。
*実は神殿の境内をでたときの はげしい発作は 病気の自壊作用だったのです。
それを知ったのは数年後に一冊の本に出合った事だった。
谷口雅春著、「生命の実相」第二巻 二十五ページにそれが書かれています。
「すなわち心機一転の科学的反応(ケミカライゼーション)でこころが 光明に照らされてくると いままでの「迷い」の闇が「肉体と言う影」に映し出していたところの 病的状態の自壊を促すので病気そのものが自壊する必要上、ばい菌や分泌物を排除すべき、痰や咳がいくぶん 増加してくるのであって いっこう恐れるべきことではなくむしろ歓迎すべきことなのであります」と書いてあります。
しかし、その時は何もわからず 病気が悪化したものとばかり思っていました。
奇蹟の朝を迎える!
昨日の疲れもあって ぐっすり眠った。目がさめた時は もう朝日が昇っていました。
秋のひんやりした朝でした。
ふと、気がつくと 「むすこ」はもう起きていた。ひとりで遊んでいる。
よくみると どこかすがすがしい顔をしている。
昨日とはまるでちがう。別人のようだ。咳もしてない。
元気そのものだ。窓からさし込む朝日に輝いてる「むすこ」がそこにいた。
ボクも妻もおどろいた。いったい何が起きたのか?すぐには理解できなかったのです。昨日あれほどひどい状態だった「むすこ」が 今朝になったらウソのようにケロリとしている。
ボクはあのままだったら どうしよう・・・と気にしていたがいままでの事はいったい何だったんだろう・・・と思うくらい「イキイキ」している
「奇蹟だ!奇蹟の朝を迎えたのだ!」
親神さまは ボクの祈りをしっかり受け取ってくださったのだ。
そう思うと ありがたさと 感動で 胸が熱くなりました。
夜はどうだろう?・・・と少し気になったが 夜もまったく症状がでない。
次の日も 一カ月、半年、一年すぎても まったく症状はでない・・・完治したのだ!
「むすこ」は小学、中学、高校とすすみ、スポーツにもはげみ 現在三十四歳になっているが元気そのものです。
前にも書いたように 病気の自壊作用が起きるとなにも分からない人は、悪化したものと思い あわててしまう。それが普通でしょう。
ボクもそうだった。でもそれが過ぎれば病気は一気に改善していく。
ただ一つ分からない事もあります。
自分のことで神に祈り、それで病気の自壊作用が起こり改善したのなら それなりに分かりますが三歳そこそこの なんの意味も分からない子供になぜ 親の祈りが伝播(でんぱ)するのか・・・?
その辺になるとまだ自分には 理解できないことが多い。
こうしてみると この世はある意味まだまだ 人知をこえたふしぎな世界に包まれているように思えてなりません。
祈りには人知を超えた大きな力が働く:まとめ
ちなみに妻も同期の修養科生です。
修養科で知り合い結婚しました。二人の子供にもめぐまれましたがふたりとも 親思いのやさしい こどもたちです。
ほんとうに自慢の「むすめ」と「むすこ」です。そして、やさしい「妻」がいる。
ボクが毎日しあわせに暮らしていけるのも すばらしい家族に恵まれたお陰だと思っています。
そして、「いつも神様に守られている!」そんな気がしてなりません。
今回は祈りによって起きた「奇蹟」の話を書きましたがあなたは どう思われましたか?
この話を通して言いたかったのは「どれだけ自分が本気になれるか・・・」という事です。
本気になったとき、その思いは必ず神に届く。そして神は必ず働いてくれる。
ボクはそう信じています。
という訳で今回は以上です。
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