多いは足らぬの始まり

 

今日は、たかっぽです!

 

「多いは足らぬの始まり」こんな言葉を皆さんは聞いた事がありますか?

ボクもこんな言葉を聞いた事はありませんでした。

 

今回この話の事を書くために、色々調べて見ましたが、そんな諺は見つかりませんでした。

 

それはともかく、ボクがこの言葉を聞いたとき、「このオヤジはいったい何を言ってるんだ?」そう思ったの。

 

そのオヤジは米問屋の番頭で、年の頃は六十歳ぐらい、背丈は百六十センチそこそこで、髪の毛は薄く 浅黒い顔 そして、目がデカく鋭い。小柄の割には声が大きく、ネーム入りのハッピに

 

マークが付いた前掛けをキリリと締めた姿は まるで隙の無いサムライを思わせた。

 

噂では「頑固オヤジ」と聞いてはいたが・・・。その番頭に「多いは足らぬの始まりだ!もう一度やり直せ!」と

 

やっとの思いで積み上げた六十キロ入りのコメ袋に対して 一喝されたのだ。

 

「そんなバカな・・・多いものが足らなくなる筈がない!」その時はそう思ったの。

 

しかし、それが現実になった時、僕達三人の顔から血の気が引いた。

 

余裕がなくなり始めた

 

二十歳の頃ボクは板前になる前、小さな運送会社で見習い助手をしていた事があったの。

 

主に 米や小豆 大豆 トウモロコシ等の 雑穀類を配送する会社だったの。

 

ボクの乗る大型トラックには三十歳ぐらいの運転手と三十半ばのベテラン助手 この三人で仕事をしていました。ある日、テレビでボクシングをやる。

 

ファイテング原田の世界タイトルマッチだ。その話で運送会社の仲間たちと盛り上がっていたの。

 

夜の番組なので「早く仕事を終わらせてみんなで見ようや」と楽しみにしてたの。

 

ところが その日の社長から渡された 配送する内容の紙を見た時何時ものより配送する件数が多いのよ。

でも 今日は幸い 長距離ではなく(岐阜や長野県など多かった)市内(名古屋)だけなので とにかく頑張って早く終わらせようと 気合が入っていたの。

 

名古屋港の近くに倉庫があってそこへ配送する品物を積みに行ったのよ。

 

しかし、そんな日に限って、よその運送会社のトラックが先に数台並んでいてボク達の番が来るまで ずいぶん長い時間待たされたの。

 

ボク達は昼飯もそこそこに やっと車に積み終えた品物を配送先へ急いでいたら今度は走行中 何かガクガク振動する。

 

おかしいと 道路の脇に車を止めて降りてみると、左の後輪がパンクしているではないか。それも内側、大型トラックの後輪はタイヤが二つ横に並んで付いている。

 

しかも大きくて重い。外側のタイヤだったら まだ簡単に済ませるが、内側となると 一旦外側を外してからでないと内側のタイヤは変えられない。当然それだけ時間がかかる。

 

その辺りから 運転手と助手のイライラしてるのが伝わってくる。先ほどの倉庫で長く待たされたからだ。時間的に余裕がなくなってきてる。

 

焦り始めたのだ。

 

仕事がだんだん雑になる

 

予備のタイヤに変え、やっとの思いでその仕事を終わらせ、最後の仕事は米を問屋へ配送する仕事だ。その品物を積みに 再び港の倉庫へ向かったの。

 

そこの倉庫で働いている労働者は 荒くれ者が多く、モタモタしてたら怒鳴られる。

 

トラックを倉庫の横に着けると、三階から筒状の滑り台を通って麻袋に入った六十キロのコメが滑ってくる。

 

それを両手で受け止めるが「重い!」しかし上にいる連中は 間を開けずどんどん落とすの。

 

ボク達はそれを必死で受け止めながら 車に積み込む。かなりきつい仕事だ。

 

積み終わる頃には体がクタクタになる。その日は数も多かった。三階から「おお~い!数は間違いないか~!」と 大きな声が響く。

 

ちょっと雑に積んだので確認し難い、でも「ま~大丈夫だろう~」と思った。

 

いつも間違う事はなかったのでその日も大丈夫だろうと三人とも そう思っていた。

それで ベテラン助手が受け取りに「OK」のサインをしたの。
これが後で大変な事になるとは思いもよらなかったのだが・・・)

 

「さあ急げ!遅くなった!」「問屋の番頭がうるさい また何か言われるぞ!」

ボク達は急いだの。

 

もう五時を過ぎてる 予定の時間よりかなり遅れてる。三人とも焦りが強くなってくる。

 

そこの番頭は融通が利かない頑固オヤジだ到着すると 案の定 番頭が腕組みして問屋の米蔵の前に立っていた。

 

頑固オヤジの鋭い眼光

 

トラックを蔵の入り口に着け 手カギを両手で持ち米の入った麻袋に引っ掛けて背負い、うす暗い蔵の中に入って下す。

 

五袋ずつ組みながら積み上げていく。ボクは二人が背負いやすいように トラックの荷台からコメ袋を立ててあげる。高くなってくると、木の板で足場を作り その上を登って積み上げていく。

 

六十キロあるので重い、本当に重労働だ。三人とも若いとは言え やはり疲れる。

積み方がだんだん乱暴になってくる。

 

でも何とか終わった。 しかし・・・終わって見ると不思議な事に数が一袋多いのだ。「なんで?・・・どうして?・・・」困ったな・・・。ボク達の様子を番頭がじっと見ている。

 

 

「じゃあ・・・この米は サービスでここの問屋に上げよう・・・」と小さな声で話合って そうする事に決めたのよ。

 

ボク達は早くこの仕事を終わらせたかったのだ。ベテラン助手が番頭に「この米はオマケです。どうぞ受け取ってください」と言ったの。

 

ところがその時 頑固オヤジの鋭い眼光」がボク達を睨みつけたのだ。

 

「なんだと~!オマケだとう~!馬鹿者!」「お前らが 港の倉庫で積んだ時には数はちゃんと在ったんだろう?」「なのにここでは一袋多い、オカシイじゃないか!」

 

多いは足らぬの始まりだ!もし足らなかったらどうする!もう一度 やり直せ!

 

デカい声で一喝されたのだ。

 

忘れられない奇妙な事件

 

この時点で大分時間がたっている。疲れもたまっている。なのに また初めからコメを積み直せと言うのだ。

 

二人が番頭を説得したが「頑」として聞き入れない。とうとう根負けして また三人で「ブツブツ」言いながら

 

さっき積み上げたコメの横に積み替え始めたの。もうその頃にはボクシングを見る余裕はない。そんな時間になっていた。

 

そして、やっと 本当にやっと、積み終えたのだ。今度は番頭もしっかり見ていた。ボク達も今度は慎重に積み終えた。<数さえ合っていればそれでいい・・・終わりだ!>・・・そう思ってた。

 

ところが なんという事だ?・・・今度は一袋足らないのだ。

 

「ウソだろう~!ありえない・・・!」ボク達は目を疑った。信じられなかった・・・。

 

港の倉庫で積んだ時は数はあった・・・。問屋に下した時には一袋多い・・・。

 

そして、積み直したら一袋足らない・・・。こんな事ってあるだろうか・・・。

 

ボク達三人の顔から血の気が引いた。

 

そして、頑固オヤジから蔵の天井まで響くような声で怒鳴られた。

 

「見てみろ!あのままだったら こっちが一袋損をしている!」

 

「こういう事が あるって事だ!覚えておけ!」

 

ボク達は小さくなって頭を下げ謝るしかなかったの。

 

会社に帰りその事を社長に話し「詫び」を入れて貰って事は済んだのだが・・・。

 

もちろん 後から社長に大目玉を食らったのは言うまでもない。

 

□:終わりに

 

今回の話を聞いて皆さんはどう思われましたか?

 

なんとも奇妙な話ですが「多いは足らぬの始まり」は本当だった。

 

もし{神様がこの事件を見ていたら きっと何でだろう・・・?}と首を傾げたかも知れない。

 

でも やはり一番の原因は焦り}だ。「焦りはすべてを狂わす最大の敵だ!」

 

焦りは 不安から来ている。その不安な心が物事を狂わし悪い結果を引き寄せてしまうのだ。

 

それと「確認」だ。

 

この話の場合でも最初にちゃんと確認していればこんな事にはならなかった筈。

 

それを怠ったばかりにこういう結果になってしまった。何事も甘く見てはいけない。

 

この事件はボクにとって忘れられない そして、いい教訓として強く心に残っている。

 

終わりです。